エクアドルにはケチュア族が作ったインカ帝国が存在した

エクアドルにはケチュア族が作ったインカ帝国が存在したエクアドルは南アメリカの西部にある共和制の国で、北はコロンビア、東と南はペルー、西側には太平洋があります。

本土から西に1000キロほど離れた場所には有名なガラパゴス諸島があります。首都はキトで、公用語はスペイン語です。

エクアドルにはかつて日本でもよく知られているインカ帝国がありました。インカ帝国とはケチュア族が作ったペルーやボリビア、エクアドルにかけての大帝国です。

首都はクスコといい、現在のペルーにありました。キトはこのインカ帝国においてクスコに次ぐ第二の都市として栄えていた場所です。

当時インカ帝国では2人の兄弟がいました。母親が違う兄弟は兄がワスカル、弟がアタワルパといいます。2人は11代インカ帝国皇帝のワイナ・カパックの子供として生まれました。

兄のワスカルの母親は正妃で、アタワルパの母親は側室であったため、首都クスコをワスカルが治め、キトはアタワルパが治めていました。後に兄と内戦を起こして破り、皇帝となったのです。しかし1531年になるとスペイン人が上陸し、戦いが起こります。

翌年にはアタワルパが捕虜となって1933年事実上インカ帝国は滅亡しました。その後ペルーの副王領となってリマの統治を受けるようになりました。

征服と植民地化によってアフリカ系の人々が働き手として連れてこられ、メスティーソやインディオなども増えていきました。

1809年頃になると自治運動が勃発するようになります。1822年には現在のエクアドルにあたる地域がピチンチャの戦いで解放され、南部地区としてコロンビアの一部となりました。

しかしその後コロンビア内で内乱や混乱が起きてベネズエラが独立宣言し、南部地区も1830年5月13日に独立宣言しました。1870年代になるとカカオを中心としたプランテーションが作られるようになりました。

1941年になるとペルーとの間で戦争が起きます。さらに2008年になるとコロンビアとの国交を断絶することが正式に発表されました。これをアンデス危機といいます。

アンデス危機とはコロンビア軍がコロンビア革命軍と呼ばれる左翼ゲリラを攻撃するためにエクアドルへ越境したことがきっかけでした。

この時にはコロンビアとの国境にニカラグアやベネズエラの軍も集まり、あわや戦争へとなるところでした。その後アメリカが間に入ってコロンビアが謝罪したことでなんとか事態は解決したものの、わだかまりは残ってしまい、国交は最低限のみという状態になっています。